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BOOK

『編集天国』菅付雅信/発売中〈ピエ・ブックス〉

 『コンポジット』、『インビーテーション』などのマガジン、ヴィジュアル・ブックス、書籍、音楽&演劇パンフレット、ファッション・キャンペーン&カタログ、レコード・ジャケット、小冊子、雑誌仕事、広告コピー、ロゴ&アイデンティティ、展覧会キューレーション、ウェブ。

 20年以上、上記の仕事すべてを「編集」と定義付けた著者の仕事集。

 まえがきで著者は「編集者の作品集? 多くの者は虚を突かれたように思い、同業者は怪訝に思うだろう。実際、自分ですらそうだ。編集者に作品集を作るにふさわしい固有の作家性があるのかどうか」と書いている。

 自分も編集者の端くれとして、その問いに感じるのは、編集者の位置、価値が、雑誌の趨勢と共に、変わってきているということ。

 誰もがウェブから発信できる今、編集者という仕事が以前より特権的ではないという認識がある。

 「すべての行為は編集である」という名言も、ハッとする視点でなく、当たり前の前提であるということ。

 「黒子である」という一般的な編集者に対する見方と打って変わって、これまで名編集者と言われた方々は、誰もが強烈なキャラクターを持っていると思う。

 それは著者が、上の世代の名編集者にインタヴューした前作『東京の編集』を読めば判る。

 「この会社と仕事したい」、「この雑誌と仕事したい」というのは当然ある考えだろう。
 
 が、この業界が(未だに)痛快なのは、それらをうっちゃって、「この人なら仕事したい」という個人と個人の関係性がシステムを凌駕する瞬間が起きることなのだ。

 ゆえに、この本を読んで、羨んだり、妬んだり、揶揄したりする同業者はいることだろう。が、それこそ、著者が強烈なキャラクターと、他にはできない仕事をおこなってきたことの裏返しだろう。

 「編集は、伝達(インフォメーション)ではなく触発(インスピレーション)」という著者による編集の定義にまったくの同感である。(山崎二郎)
 


2009.7.18.update

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